編集後記


2010年07月11日(日) [長年日記]

関勉さん講演会

関勉さんは日本で最も有名なコメットハンターの一人です。1961年の関彗星の発見以来彗星発見6個、周期彗星の再発見28個の実績を持ち、中でも1965年の池谷・関彗星は日本に天文ブームを巻き起こしました。

また、小惑星も223個発見されています。その一つ、小惑星29199番(1991年発見)に、先日、「姫路(Himeji)」と命名されました。この事を記念して、7月11日、姫路科学館で関さんの講演会が開催されました。

しかし、特に意識していなかったのですが、今まで、「姫路」は命名されていなかったのですね。姫路在住で小惑星に名前が付いている人は6人もいるのに。

講演会には近隣の天文関係者の錚々たる顔ぶれが揃いました。ほしとものメンバーも数名参加しています。

会場の隅には、フィンレー彗星の検出に使われた望遠鏡と、「姫路」を発見したフィルム原板が展示されていました。原版を覗いてみました(ルーペを置いて拡大して見えるようにしてありました)が・・・・よくあんなかすかな光点を未発見の小惑星と気がつかれたものです。

冒頭、姫路市より関さんに感謝状贈呈。

続いて講演に入ります。以下携帯でとっていたメモから。

  • 1948年、本田彗星の発見を知り、彗星に興味を持ち、やがて自作の機材で捜索を始めます。しかしなかなか発見に至らず。最初の彗星発見は、捜索開始から実に12年目のことでした。
  • 姫路市出身の天文学者広瀬秀雄氏を尊敬し、氏の著作で1948年礼文島日食の日食帯の位置がずれている話を読み、興味をいだいた。
  • 池谷・関彗星。関さんは台風通過後の晴れ間を利用して発見。ところが池谷さんはちょうど台風直撃中の場所にいながら台風の目を利用して発見、わずか15分差で池谷さんの方が先に発見されました。池谷さんは関さんにとっては良きライバルとなります。
  • 関さんが小惑星捜索を始められたのは、芸西天文台ができ、大きな望遠鏡が贈られたことから。
  • 「姫路」は、初めて彗星を発見した位置に向けて発見。神戸で講演した時に「姫路」がまだ命名されていないと聞き、命名することに。
  • 高知出身・在住の関さんは高知城に深い思い入れをもちます。その関さん曰く「姫路といえば日本最初の世界遺産、姫路城がある」。
  • 「姫路城」も命名したいとの意向でした。でも「Himeji」に続いて「Hiemjijo」では名前が近すぎて認められないかもしれない。
  • で、姫路城の別名「白鷺城(はくろじょう)」で「昨日申請しました」(!)
  • ちょうどNHK大河ドラマが放映中の「2835 Ryoma(竜馬)」も関さんの発見・命名です。で、龍馬がいるんだからと「弥太郎」*1の命名を提案したら却下されたとのこと。なぜなら三菱の創業者だから。実業家や政治家などの名前には厳しいのです。
  • 関さんの本業はギター講師*2
  • 天文は生涯現役。死ぬまで続ける。片手間で捜索は出来ない。生まれついての天才などいない。とにかく努力努力。

とにかく年齢(1930年生まれ)から想像されるより若々しい方でした。


フィンレー彗星検出に使われた望遠鏡

「姫路」発見のフィルム原版
拡大して見えるようルーペを載せてあります。

フィルム原版を覗いてみたところ
(クリックで拡大)

拡大写真。よくこんなものを・・・
(クリックで拡大)

講演される関さん(かなり露出不足)

捜索を始められた頃

えっとなんだっけ(^^;

芸西天文台
毎晩40キロを車で通われているとか。

太陽に接近した池谷・関彗星。なにげにスーパーショット!
(クリックで拡大)
 

*1 「香川照之」・・・じゃなくて「岩崎弥太郎」

*2 プロフィールによれば奥様は関さんのギターの門下生


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